科学の話、たとえば宇宙のなりたちとか、物質の構成とか、エネルギーとかエントロピーとか、量子力学とか、相対性理論とか、数学の定理とか、そういう話を、普段そういうことになじんでいないと思われる人にすると、決まってされる質問がある。
「それは何の役に立つの?」
この質問をする人が、自分たちにとってどういう役に立つかを純粋に知りたいのか、「そんなもの何の役にも立たないのでは?」と言いたいのか、あるいはその中間なのかは、質問する人やトピックやその場の状況による。
ただ、何の話をしているにしても、私としてはそれが「役に立つ」ということを言いたくて話しているわけではないことが多いので、たいてい「ああ、またそれを聞かれるのか」と思ってしまう。しかし聞く人からすればもっともな質問ではある。
この質問にどう答えたらいいのか、いつも困ってしまうのだが、今思っているのは、答え方としては大きく分けて4つあるのではないかということ。それらを順に書いていきたい。
まずは1つ目の答え方。「○○に役立ってるよ」と具体的な事例を出す。
たとえば相対性理論であれば、現在ではGPSの話を出すのが定番である。
カーナビでもスマートフォンでも、GPS(Global Positioning System)という仕組みにより我々は自分が今地球上のどこにいるのかを知ることができる。本当に便利になったものである。よく知られているように、GPSは複数(最低でも4個)の人工衛星からの信号を受信することによって実現されている。位置を知るためには信号が送出された正確な時刻が必要なので、人工衛星には非常に正確な原子時計(数万年に1秒しか狂わない)が積まれている。
ところが、そんな正確な時計を積んでいても、実際に地球のまわりを周回する人工衛星から送られてくる時刻はだんだん狂ってきてしまう。原子時計の性能のせいではなく、相対性理論の効果で、人工衛星での時間の進み方が我々とは異なるのである。これには2つの要因がある。
・地球に対して人工衛星は高速で運動しているので、地上の人にとって人工衛星の時間の進み方は遅くなる(特殊相対性理論より)
・人工衛星は約2万kmの上空にあるため地上よりも地球からの重力が小さく、時空のひずみが小さいため、時間の進み方が地上より速くなる(一般相対性理論より)
これらの影響は後者の方が大きく、差し引きすると人工衛星では時間の進み方が我々よりも速くなり、時計も速く進む。これを補正しないと、時刻は1日に38マイクロ秒ずれ、GPSで計算される我々の位置の情報は1日に11kmもずれてしまう *1 *2。これでは使い物にならない。そこでこの差を補正するため、人工衛星の原子時計は少し遅く進むように設計されている。
もし相対性理論がまだ発見されていなかったら…。それでもGPSを作ることはできただろうが、運用してみたら「おかしい! 時刻がだんだんずれてくるぞ! これはどうしたことだ!」ということになっていただろう。
こんなふうに、相対性理論も我々の日常の役に立っているのである。
…というように、実際に役に立っている例を出す答え方が1つ。
実は、答えている側としてはそれほどおもしろくない答え方である。
あと3つの答え方については次回以降に。
*2:東京大学教養学部 2010 年度冬学期 宇宙科学 II (海老沢) 講義ノート PDF、P45 7.5節