アポロ11号の月面着陸(1969年)は、子供のころに大きなインパクトを受けたできごとの1つだった。
その時に知ったことの1つが、宇宙空間では音が聞こえないということ。真空では空気や水のような音を伝える媒質がないから聞こえない。宇宙戦艦ヤマトなどのアニメでは宇宙での戦いで戦闘機がドカーンと派手な音をさせて爆発していたが、実際には音は聞こえないはず(ついでに言うと、まわりに空気がないから爆発のしかたもああいう感じにはならないと思う)。
真空では音が伝わらないのに、なぜか光は伝わる。星からの光はちゃんと宇宙空間を伝わってきて見えている。さらに、アポロの乗組員は地球との間で無線通信を使って会話していた。電波も届くのである。月面着陸の時のアームストロング船長のセリフはちゃんと届いて中継された。子供心に不思議だと思ったが、そんなもんなんだということで納得することにしていた。
昔の人も、真空で光が伝わるのはおかしいと思ったようで、宇宙空間は本当の真空ではなくて、光を伝えるエーテルと呼ばれる媒質で満たされていると考えていたらしい。そこから、太陽のまわりを公転している地球の上で観測される光の速さは時刻・季節や方向によって変わるはずだという考えに基づいた、「マイケルソン・モーリーの実験」が行われた。
この話は、動いている物体から何かを発射した時の速度というものに関わってくる。
たとえば図のように、走っている車の上で前方にボールを投げることを考える。時速60kmで走っている車の上から、プロ野球のピッチャーが時速140kmの速さで前方にボールを投げると、地上にいるB氏から見ればボールに車の速さが足されて時速200kmの豪速球になる。車の上にいるA氏から見れば普通に時速140kmである。
一般化すると、速度 で走っている車に対して速度 で投げられたボールの速度は、車の上にいるA氏から見ると 、地上にいるB氏から見ると となる。
ボールではなくて音を発射する場合は話が違う。図のように救急車がサイレンを鳴らして走っている場合を考える。音速はまわりの空気を振動が伝わる速さによって決まるので、救急車が止まっていても走っていても変わらない。これをたとえば秒速340mとして、救急車が秒速20m(時速72km)で走っているとすると、救急車の前方向に音が伝わる速さはB氏にとっては秒速340mで変わらず、救急車のA氏から見ると遅くなって秒速320mとなる(ドップラー効果はこの差が原因で起こる)。
救急車の速度が 、空気中の音速が (ここでは とする)のとき、救急車にいるA氏にとっての音速は 、地上のB氏にとっての音速は、救急車が止まっているときと変わらず となる。
このように、動いている物体から物を投げる場合と、音のようにまわりの媒質を振動させる場合とでは速度の変わり方が違う。では3つ目のケースとして、動いている物体から光を発射する場合はどうか?
図のように、超高速で飛んでいるロケットから前方に光を出す場合を考える。真空中で止まっている物から出る光の速さは秒速30万kmである。ロケットが秒速10万kmで飛んでいるとき、ロケットの上にいるA氏やロケットの外で止まっているB氏にとっての光の速さはどうなるか?
- ボールの場合と同じなら、A氏にとって秒速30万km、B氏にとって秒速40万km
- 音の場合と同じなら、A氏にとって秒速20万km、B氏にとって秒速30万km
となるはずである。昔の科学者たちは「光は音と同じく波であり、音が空気を伝わるのと同じく、光はエーテルという媒質の中を伝わっているはず」と考えていたので、速さの関係も音の場合と同じことになるだろうと考えていた。
ところが、マイケルソン・モーリーの実験(超高速ロケットの代わりに公転する地球を使っており、その速さは秒速10万kmよりはるかに遅いが)の結果として、光速はどのように測っても変わらなかった。そうすると、超高速ロケットでの答は
- A氏にとって秒速30万km、B氏にとっても秒速30万km
という変なことになりそうなのである。ボールの場合とも音の場合とも違って、どうやら真空中の光速は誰の立場でも変わらない。
この不思議な現象をどう考えるかを探求するところから、ローレンツ短縮や特殊相対性理論へと発展していく。